「ご飯できたよー」(※1)
調理を担当していたセーラー服の女学生の声に反応して、ぞろぞろと仲間たちが集まってきた。各人が食事が盛られたトレイを受け取り、各人の思うままに食事を取る。そこだけを取り出して見るなら、女学生たちが野外で食事を取っているだけ、のように映る。
だがよく見れば、数人に一人は身体のどこかに包帯を巻いている。視界を広げてみれば、傾きかけたビル、朽ちた民家、錆だらけの自動車などが目につく。
そこは、戦場に最も近い場所だった。
「しっかし、バイオテクノロジー様々だよねー。こんなでかい焼肉が、こんな、ところ、で、食え、るん、だから」
ツインテールを揺らしてビフテキと格闘しながら、隈元 灯子が言った。
「昔は食料が圧倒的に足りなくて、戦地に回されるのは質が悪い保存食ばかりで、いつも腹を減らしながら戦っていた、なんて話もありましたから、私たちは恵まれていますよ。ねえ、東堂さん」
山県 羽衣が元々細い目を更に細くして、藤堂 京子に話を振る。振られた京子はとりあえず、そうね、とだけ相槌を打った。
正直、今の京子は、戦闘に集中しているとき以外はいつも心半分ここにあらず、だった。原因は先輩との溝だ。
あの時(※2)以来、京子は先輩と会うことを避けた。あの時感じた溝を埋めなければ、今の自分は先輩を真直ぐ見ることはできない。その溝は、自分も戦争を体験しなければ埋めることはできない。そう考えたからだ。
その気持ちを知ってか知らずか、享子の方から京子に声をかけることもなかった。
そして、互いに声をかけることがないまま、京子は戦地へ派遣された。
白百合は専守防衛の部隊である。戦闘になった時、自国の領土を侵犯する相手を排除する以上のことはしない。撤退する相手を必要以上に追撃することもしない(※3)。
だが逆に、それは相手を追い払うためなら迎撃する、ということ。
そしてそれは、向かってくる相手を殺害する、ということ。
白百合は、そのことを覚悟しなくてはいけない。
覚悟できなかった白百合は、運が悪ければ戦死し、運良く死なずにすんだ者は、支援部隊に移っていった。
進撃してくる相手を迎え撃つために、数人の仲間と共に廃ビルの中で待機する京子は思い返す。
「殺さなければ殺される。相手の全てを奪うことで、私たちは生き続けることができるのです」
最後の実習のときの、教官の言葉。
「もう数え切れないほど体験したけど、仲間の死はいつまでも慣れるもんじゃないね」
初めて出会ったときの、先輩の言葉。
「こちら、黄苑の山県」
耳に当てた無線機から羽衣の声が入った。
「間もなく敵部隊がそちらの最大射程範囲内に入る(※4)。応戦準備。合図はこちらが送る」
京子は89式(※5)を手に取り、合図があるまで深呼吸をして息を整える。意識を集中させている聴覚には、ばらばらばら、と短く定期的に足音が入ってくる。敵部隊が慎重に歩を進めて近づいてきているのだ。
様子を見たいが、それはできない。顔を出せば発見されるかもしれない。覗き鏡を使っても反射光で見つかるかもしれない。我慢するしかないのだ。
足音が自分のすぐ側で止まった。気付かれたか。先んじて撃つか。だが合図はまだない。焦って攻撃すればこちらの被害が大きくなる。羽衣が敵を監視している。羽衣の合図を待つんだ。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
自分に、落ち着け、と言い聞かせているうちに、敵は再び歩を進めた。警戒していただけのようだ。額に吹き出た汗を袖で拭う。
突如、上方からハードロックが流れた。
それが合図(※6)だった。京子たちは瞬時にそれぞれの得物を構え、身を乗り出し、引金を引いた。フルオート(※7)で発射された多くの弾丸が人体に穴を開けていく。その間、どのくらいの時間が経過したのだろうか。客観からすれば、それはほんの数秒のことだったのだろう。だが主観では、瞬く間、とも、長い間、とも、どちらともいえなかった。時間の感覚が全くわからなかった。
ミーーーーーッ、と耳障りな警笛が無線機から流れた。発砲停止の合図だ。波が引くように次第に発砲音が減っていき、やがて現場は静かになった。
命中したり掠ったりした弾丸で焦げた肉、穴が開いた肉体から流れた血などの体液、そして燃えた発射薬などが混ざり合う銃撃戦特有の臭いが立ち込める。その臭いと無残な赤黒い肉塊と化した彼らに耐えられず、灯子と親の死に様を目の当たりにしている京子を除く、未だ死体に慣れていない白百合たちは、その不快感を胃の内容物と共に吐き出した。
その後、数度の戦闘を経験し、京子は寮へ戻ってきた。荷解きもせずに、まずは先輩である享子の部屋へ向かった。だが。
「あれ……」
部屋の名札が変わっていることに、思わず声を漏らす京子。部屋番号は――間違えていない。では移ったのか。
左右の隣室の戸を叩くが、留守なのか、誰も出ない。他に上級生がいないか周囲を探していると。
「東堂」
名を呼ばれたのでそちらを向くと、そこにいたのは教官の福島 猪苗代だった。
「福島教官……」
「西藤から手紙を受け取っている。帰ってきたら渡してくれ、と」
差し出された封筒を受け取ると、京子は乱暴に封を破いて手紙を読み始めた。読み進めるうちに、京子の目から涙が溢れ出す。教官は目が合うのを避けるように、軍帽を深く被り直した。そして。
「三日前だ。椿に移ったのは」
そう言った。京子は膝から崩れ落ち、泣きじゃくった。
泣いた。 泣いた。 泣き続けた――――。
――敵部隊が発砲しながら進撃してくる。白百合の一小隊が応戦する中、一人の白百合の様子がおかしい。身体がぶるぶると震えており、ネゲフ(※8)の銃口を相手に向けながらも引金を引けない。
彼女は怖いのだ。自分が人を撃つことが。自分が人を殺すことが。
だから彼女は防戦の穴だった。一人の敵兵がそれに気付いて、銃口をこちらに向けるのが彼女には見えた。思わず、ひっ、と声が出た瞬間、背後から銃声がして、直後にその敵兵が見えなくなる。銃弾に倒れたのだろう。
後ろを向くと、89式を構えた上級生がいた。ほっ、と安堵すると、彼女は言った。
「東堂先輩――」
先輩は表情を変えずに近づくと、彼女の胸倉を掴み、冷徹な表情のままで言った。
「撃たないと、死ぬぞ。死ねば、お前の大事なものを守れなくなるぞ」
そして彼女を地面に転がすと、終わるまで伏せていろ、と言って相手に向けて3点バースト射撃(※9)を開始した。
淡々と引金を引き続けるその様は、まるで、人形のようだった。
※1……軍隊の活動は大きく分けると、消費行為と破壊行為である。そして歩兵はよく動くためによく食べる。そのため戦費のほとんどは食費と燃料費に消えるそうだ。
食事は兵士にとって数少ない娯楽であり、手を抜けば兵士たちの士気の激減は必至。最悪、暴動が起こることもある。有名な事件で「戦艦ポチョムキンの反乱」があり、これは映画化されていて現在でもレンタルで観る事ができる。
現在では戦闘食の質は非常に改善されており、バラエティも富んでいる。特に米軍と自衛隊の戦闘食は一般的日本人でも購入可能であり、自衛隊では不定期に戦闘食の試食イベントが催されている。WILDERNESS(http://homepage2.nifty.com/flipflopflap/gamers/index.htm) に詳しい情報と、各戦闘食を実際に試食した際のコメントが載っている。
※2……ep-10参照。
※3……黒百合や椿は例外であり、その存在理由から、公式には存在しないことになっている。
※4……射程範囲には三種類ある。
有効射程(想定している殺傷能力を維持できる距離)
危険区域(命中した場合、目標が何らかのダメージを受けることが予想できる距離)
最大射程(弾丸が物理的に到達できる限界の距離)
これらは各銃器によって目安が違う。
※5……89式小銃。日本製のライフル。連射速度は毎分650〜800発。名称の通り、1989年に自衛隊の制式ライフルに選定された。使用する弾薬も89式弾薬と呼ばれる日本製で、弾丸内部に貫通能力を増大させるスチール・コア(鋼鉄製弾芯)が入っている。
※6……合図をその場全体に響かせるようなハードロックにしたのは相手の不意を突くため、廃ビルの屋上から流したのは相手の注意をそちらに向けるためである。
※7……89式には、安全、単射(セミオート)、連射(フルオート)、3点バーストのいずれかに切り替えられる機能が備わっている。
※8……IMIモデル・ネゲフ・ライト・マシンガン。イスラエル製の軽機関銃。連射速度は毎分750発。汎用性が高く、支援火器として重宝されている。
※9……一回引金を引くたびに、三発だけ弾丸が発射される機構。弾丸の無駄撃ちを防ぐには最適な射撃方法。