※ギャリー生存ルートの『ひとりぼっちのイヴ』ED後妄想。




…ふっと、我に返った。

「……あら?」
思わず疑問詞が口をつく。
こつこつと靴が歩きまわる音、声をひそめてざわめく人の声、人の気配。そんな生活音が急に戻ってきたような感覚に、ギャリーは首を傾げた。
…やーねぇ、いつのまにぼーっとしてたのかしら。時間と入場料勿体ないじゃない。
苦笑すると、真っ白だった頭に段々思考が戻ってきた。いけない、あんまりのんびりしてられないわ。あと少しで待ち合わせの時間じゃない。愛用の腕時計を慌てて見やり…かち、こち、その秒針の音に妙な安堵感を覚えながら、ギャリーは目の前の作品を再び見つめた。
『精神の具現化』。
そう名付けられた、大きな薔薇の像。精神が薔薇ねぇ…と半ば呆れ気味に見ていた像だったのだが。
真っ赤な花弁。
それが息を呑む程に…色鮮やかに、見えた。
「……。」
びりびりと、心が震える心地がした。
元々美しくて、精巧な像ではある。けれどそんな小手先の技巧ではなくて、この像そのものが、深くギャリーを惹きこんでいるような心地がした。
こんなに、こんなに惹かれる作品だったかしら。これ。真っ赤な花びらから目が離せない。見ているだけで心が奥底からざわついてくる。背筋が脳髄がびりびりと痺れる。恋に落ちたような愛しさが満ちる。それなのに。
胸が締めつけられた。
息もできなくなるぐらいの…切なさで、胸が苦しい。
「……ッ」
無意識に喉元を抑えていた手を、引きはがす。
「……時間、ないんだってば。」
そうよ。行かなきゃ。自分を諭すような独り言。
くるっと踵を返して、足早に像から歩き去った。背を向けてもまだ像の存在を感じる。これ以上見ていてはいけない気がした。
見ていると何かが崩れてしまう。そんな気がした。
今自分を支えている何かが、足元から。

そろそろ十分な時間見て回ったし、待ち合わせを考えるとお開きにするべきだろう。
最後に軽く一周だけして帰ろうと、ギャリーは階段を昇った。白い階段。全ての色が消えた真っ白な階段。少し段数の多いそれを、足早に昇り終える。
ふぅと一つ息を吐いた。さて、軽く一周しましょうか。さっきよりは落ち着いた足取りで歩き始めると。
視界の端を、見覚えないものが横切った。
ん?と首を傾げてギャリーが壁を見やる。


そこには少女の肖像画がかかっていた。


…足が止まる。呼吸も、止まる。
真っ白になる頭。
幼い少女の肖像画だった。その閉じた瞼に、陶器のような肌に、長く柔らかな髪に、彼女を取り巻く赤い薔薇の花に。
まるで生きたまま其処に眠っているようなその絵に。
見開いた視界は、一瞬で埋め尽くされた。

薔薇の像を見ていた時の感情が、
もっと色濃く、激しく、鮮やかに…ギャリーの心をかき乱す。


「…なんなの…。」
胸が締めつけられる、どころじゃない。
無意識に手を浮かせていた。絵に向かって伸ばすかの、ように。
「なんなのよ…これ…!」
滲んだ視界に表題が浮かんだ。
『忘れられた肖像』、と。




途切れた


(掴むあての無い手に、涙が落ちた。)

fin.




***

ひょっとしたら連れ去られただけで死んでないのでイヴは肖像にはならないのかもしれませんが。
ギャリーちゃんのみ生還だったら、というED後妄想でした。