ふわふわのバスローブを素肌に纏い。さっぱり洗った髪を青いヘアターバンでまとめあげる。
スライスしたてのみずみずしいレモンを、ぺたり、頬にくっつけた。
「はー…癒されるわー…。」
とさっ、とギャリーは愛用のソファにダイブした。小さいソファなので足は肘かけから溢れてしまうが。もう片方の肘かけにだらりと背を預け、ゆっくり伸びをする。今日も一日お疲れ様、アタシ!
(…と言っても午後は休講だったしそんなに疲れなかったけどね。)
休講でちゃっかりデートもできちゃったし!頬に手を添えながらギャリーは午後のひとときを思い出した。
紹介した喫茶店をイヴはすっかり気に入ってくれたようで、あの笑顔見たさについついしょっちゅう連れていってしまうのだ。一人で行ってた頃より倍以上通い詰めちゃってる気がするが、しょうがないわよね。あの笑顔には勝てないわよね。特にマカロンを一口齧った瞬間のあの笑顔が!もう!ついでに自分も大好きなマカロンを食べれて一石二鳥。そろそろメニューを制覇しちゃうかも。
「次の日曜日が楽しみだわー!別のお店も連れて行ってみたいわねー。ケーキがとっても美味しいカフェがあるし…あ。」
いっけない、忘れてた。がばっとギャリーが起き上がる。ぺたぺた歩み寄った先には体重計が鎮座してた。
「週に一度は測るって決めてるのにアタシったら。」
からからから。アナログ式の針が目盛の間を揺れて、ぴたり。
…たっぷり数秒、絶句した。
「―――え゛。」
*
「ほらイヴ、あーんして?」
にっこり、微笑んだギャリーの指先にはマカロンがつままれている。…ちょっと気恥ずかしいけど、イヴはそっと唇を近付け啄ばんだ。
けれど大好きなマカロンの味も、今日の疑念を吹き消してはくれない。
「…ねぇギャリー。食べないの?」
「え゛っ。」
お皿に盛られたマカロン。ギャリーはイヴに食べさせてばかりで、ひとつも口をつけていない。聞けばギャリーの肩が盛大に跳ねた。
「えっあっいやその…な、なんでもないわよ!なんでも!」
ああ何か隠してるんだな、と9歳児でも確信できる慌てぶりだった。
あんまり問い詰めるのもよくないかなぁ…。こくん、マカロンと一緒に質問も呑み込むけど、胸はまだもやもや。ギャリーが私に、かくしごと。
(…お菓子…食べれないのかなぁ、ギャリー…。)
なんてタイミングの悪い。椅子にかけたポシェットを、イヴは恨めしげに睨んだ。
「…あ。そういえばソレ、初めて見るわよね。ポシェット可愛いー!」
ぎくんっ。今度はイヴが跳ねる番だった。
「いっつもカバンなんて持たないのに、珍しいわねぇ。似合うわー。」
「………え、えっと。」
「ん?」
「な……なんでも、ないの。」
「…あら。ふふ、ギャリーさんに隠し事なんて百年早いわよー?ほら、話してごらん?」
それはギャリーだって。と喉まで出かかった。なにそれギャリーずるい。
でもギャリーにそう聞かれると秘密にしきれない…うう、ギャリーずるい本当にずるい。困り果てたイヴは、しぶしぶポシェットを引き寄せて中に手を入れた。
「………その、」
出てきたのは、綺麗にラッピングされた透明な袋。中身はちょっぴり焦げたマドレーヌ。
「お母さんに、教えて、もらって……それで。」
たどたどしい言葉と一緒に、包みをおずおずと差し出す小さな手。ギャリーへと。
じぃん。ギャリーの胸が一気にあったかくなった。
「えっ…うそ、イヴ、これ貰っていいの?」
俯いたイヴが小さくこくんと頷いた。前髪の隙間からおそるおそる、ギャリーの反応を伺う。
「わ…!嬉しい!ありがとう、イヴ。頂くわね!」
見えたのは予想に反して、花が咲いたような笑顔だった。
包みを開いてためらいなくマドレーヌを頬張るギャリーを、イヴは呆然と見つめていた。
「おいしー!やんもうすっごくおいしいっ!イヴお菓子作るの上手ねぇ。」
「……ねぇギャリー。」
「なぁに?」
「お菓子…食べても大丈夫なの?」
……あ。今しがた齧ってしまったバターの塊を見やる。
それを見てしょんぼりしたイヴに気づいてますますギャリーは慌てた。
「…ごめんね…お菓子食べちゃいけない時に私…。」
「ちっ違うのよイヴ!これはそのっあのっ…!」
そこではっとギャリーは気がついた。イヴの目尻にほんのり浮いた一雫。
……ずぅん。罪悪感にあっけなく潰れたギャリーは言い訳するのも諦めた。
「……太った?」
反芻するイヴの声がギャリーの胸に刺さる。
「い、言わないでぇイヴ…。」
「だってギャリーがそう言った…。ギャリー太ったの?」
「いやー!言わないでってばー!あああもうヤダ!あんなに増えちゃってたなんて信じらんないっ!」
いやー!いやー!と騒ぐ様をイヴはぼんやり見ていた。どこらへんが太ったんだろう…。イヴの目には相変わらずほっそいギャリーしか見えないのだが。
「ギャリー、太ってないよ?」
「ううっ、同情なんていらないわっ!」
「どうじょ…?えっと、ねぇギャリー、太ったらだめなの?」
「だめに決まってるじゃ…!」
ぽん。ギャリーの頭にあたたかいものが触れる。
え?と顔をあげると、テーブル腰にイヴがギャリーを撫でていた。
「…ギャリー、だめじゃないよ?」
小さく、ほころぶような微笑みと共に。
「今のギャリー、だいすきだよ。ギャリーならいつでも、すき。」
たっぷり数秒、絶句して。
…ごとんっ、とテーブルに落下したギャリーにイヴも驚いた。
「えっ。ギャリー!大丈夫!?」
「……ちょっと頭が大丈夫じゃないかも…。」
沸騰してしまった頭の中は、くだらない悩みなど跡形なく溶かしてしまった。
(勘弁してよ、イヴ…。)
もうしばらく、この顔は上げられそうにない。
し あ わ せ ぶ と り
(なんて、笑えないわよちょっと…。)
fin.
***
ギャリーちゃんにレモンパックしてほしかっただけだなんてそんな。