お花 お花 綺麗なお花
欲しい 欲しいの 綺麗なお花
欲しい 欲しいの カレが欲しいの
占いましょう カレと ワタシ



「ッはぁ…!」
長い長い廊下を駆け抜けて、ようやく這い寄る音は聞こえなくなった。しんと静まる赤い廊下で、ギャリーはがっくり肩を落とした。
「何…あれ…何アレ…ッ!」
色んな事が一気に起きてついていけない。此処はどこなの。あれは一体なんなの。不気味に襲いかかってくるあの絵達は一体、なんなの。
がた、がた、がたがたがた。
今しがたの出来事を思い出して震えあがった。凭れた壁から、腕が伸びてきて、振り向くと女の絵が飛び出して、動いていて、掴みかかってきて、それから、それから。
「……ッ」
ありえない。有り得ない。訳が、わからない。過呼吸に喘ぐ喉元をぎゅっと押さえた。
嘘よね?こんなの嘘でしょ?タチの悪い夢なんでしょ?
ねぇ。
なんなの、コレ。
「……。」
がちがち鳴る奥歯を、強く噛みしめる。
「逃げ、なきゃ…。」
逃げる、そう、逃げなきゃ。力の入らない足で、おぼつかなく一歩。
アレから逃げなきゃ。離れなきゃ。死んじゃう。
今なら追ってこないようだから。追ってこないうちに、少しでも。


瞬間、全身が総毛立った。


「―――…?」
な、に?さぁっと鳥肌をたてて、小刻みに震える身体。
冷たい汗が静かに滲んだ。なに、なんなの今の。まるで。

何かが身体の中に、入ってきたかのような。




お花 お花 綺麗なお花

手に入れた青い薔薇を、そっと撫でて微笑む女。
取れた。嬉しい。綺麗なお花。瑞々しい花弁。漂う甘い香り。なんて素敵。
恍惚と伸ばした指を、花の中へと挿し入れた。

占いましょう カレと ワタシ




「ひ…ッ!!」
感じた。今度ははっきりと、感じた。全身から力を奪われて、どっと膝が崩折れる。
何かが。誰かが。アタシの中にいる。死体のように冷たいものが、心臓に触れている。
「やっ…」
やだ、やだ、やだやだやだ。ぼろっと溢れる涙。左胸をぎゅうっと押さえた。
「やめて…来ないで…入ってこないで…!!」

奥へ。奥へ。花弁の奥へ。瑞々しく潤ったその花弁を、優しく。

這い回る。心臓を撫でる感触が這い回る。
ずるり、と蠢く感触が生々しく。吐き気が酷くて、立っていられない。

渕へ。渕へ。花弁の渕へ。色鮮やかで美しいその花弁を、愛おしく。

這い回る感触は、身体の奥から外へと広がってゆき。
皮膚の下を、夥しい量の虫が這い回るかのような。

「いや…いや、いや…!」
がたがた、がたがたがた。命乞う声は、遠すぎて届かない。
「やめて…やめてやめてやめて…やだ…やだ…やだ…!!」


占いましょう カレと ワタシ

細い細い指先が、青い花弁を、つまんだ。


「―――――――ッッ!!!!」
突然の激痛に、全身が跳ねた。
「あ……がッ…!」
呻くのが精いっぱい。息が吸えない。呼吸できない。
刺された?撃たれた?そんなものじゃない。心臓を"千切られた"痛みで、頭が真っ白になった。

「スキ、」

肩が、落ちる。

「キライ、」

床へと、倒れ伏す。

「スキ、」

叫びが、響く。

「キライ、」

やがて、絶えていく。

「スキ、」

跳ねる、身体も。

「キライ、」

段々、動かなくなり。




「スキ、」

…かちゃり。戸の開く音と、新しい薔薇の香り。






fin.





***

青服女さんの言う『カレ』はゲルテナさんのつもり。