クリスマスは恋人達の日だなんてどこの誰が決めやがった。


「酷いッ!それは酷いですトウガンさんッ!いいだけ利用してあとはポイですか!可憐な男心を使い捨てですか!」
「まぎらわしい上に気色悪い。そもそも可憐な男心なんぞ聞いた試しがないな。」
綺麗な細面を足蹴にされながらぎゃーすかと騒ぐゲンを放り、わたしは彼が手土産に持ってきた瓶のラベルをじっと眺めた。
普段はとんと縁のない横文字のラベル。英語か何かがやけに格好つけた字体でつらつらとのたくられていて、わたしは反射的に異世界の物体として見てしまう。
あまりにわたしが胡乱な目を向けていたせいか、足をのけてゲンが口を開いた。
「美味しそうでしょうそれ?上物の果実酒ですよ高かったんですかrげふぉあッッ」
言い終わる前にその白い首が蹴り飛ばされた。
「かはッ…とっトウガンさん死ぬっ、頸動脈蹴りは死にます…ッ」
「…今わたしの足裏に口づけただろう。わからないとでも思ったか。」
「え、そりゃあトウガンさんの足ですから口づけたいし舐めたいしかじりたいし」
「そーかそんなにイイなら存分に味わえ。」
今度は壁まで飛んで行った。
「果実酒ねぇ…また甘ったるそうなもんを。」
だいたいこんなもの買う金どこにあった。
と、聞きたかったがやめておいた。「その辺にいた優しいお兄さん方から頂きましたv」とか言われそうで嫌だ。
自分では絶対買わない酒だが、どうせ土産物。人の金だ。ありがたく頂こうじゃないか。
「という訳でお土産どーも。よし用は済んだな。じゃ。」
「ッだからぁっ!どーしてそこでそーなるんですかこの性悪美女ッ!」
がばぁっと起きあがったゲンは次の瞬間にはわたしの背中にべっとりと貼りつく。…つくづく思うが、頑丈な野郎だ…。
「今日が何の日だかご存じですよねトウガンさん。12月ですよ。25日ですよ。メリーでハッピーなクリスマスですよ運河見ましたかフナムシみたいにびっしりカップルまみれですよ。」
「フナムシって食べられるらしいな。クソまずいらしいが。」
「知ったこっちゃありませんよんなこたぁッ!」
背中にへばりついてたのがかさかさと首にまで絡みついてくる。ある地方ではフナムシと例の黒いアレが同じ扱い、という話を彼を見て思い出した。
「美味しいお酒、ムード抜群の粉雪、そして素敵な恋人と3点セット揃ってるんですからこの先の展開はひとつでしょ?でしょ!?」
「明日の除雪よろしくな。」
「違ああああああうッッ!!」
ああんもうトウガンさんのいけずいけず、とかわめきながらゲンは頭を抱えた。これ幸いと青いフナムシから離れわたしはさっさと瓶の口をきる。洒落たグラスしか知らなそうなそいつをずんどうなコップへと注ぎ込んだ。悪いな、こんな家に買ってきた馬鹿を恨んでくれ。
途端に漂う、予想通り甘ったるい香り。うっと最初の一口をためらいながら、わたしは窓の外へと目をやった。雪だ、な。確かに奴の言うとおり。
クリスマスは恋人達の日だなんてどこの誰が決めやがった。
やれやれ、と枯れきった溜息をつく。クリスマスなんてそもそも日本人には縁のない祭だし、雪なんて除雪という労働を増やす敵でしかないし、酒はすでに日常であって特別さなど持ち合わせていない。
そんなものをかけ合わせて騒ぐ彼には、どうにも感覚がついていけず。
若さ、って奴か。…あー、畜生。
「トウガンさん僕にもお酌お酌ー。」
気づいたらまたゲンが背中にひっついてきてた。
「誰がてめぇに酌するか勝手についでろ。」
「ちぇ。いいですよういいですよう。トウガンさんのどけちっ。」
ぶつくさ言いながらゲンはグラスを取りに行く。迷うそぶりも見せない足取り。この家の勝手など知り尽くしてると言わんばかりに。
背中にくっついていた温度が、3歩分ぐらいだけ遠くに行った。
それだけ。たったそれだけ。普段は気にもしない"それだけ"が、何故だか妙にリアル。
その正体はすぐに知れた。
じわじわと背中を侵食していく、寒さ。
「……成程。」
「? どうかしました、トウガンさん?」
くるっと振り向くゲン。それをあえて無視してグラスにようやく口をつけた。甘ったるく、とろりとした舌ざわり。馴染まないそれに眉を顰めながらも含んだ分は喉へ流した。
「…甘…。」
「え。く、口に合いませんでした?」
「わかってて買ってきたんじゃなかったのか。回るどころか温まりすらしねぇ。」
「そんな。うああーハズレだったかなぁ…。」
しかられた犬みたいにしょんぼりと垂れる青い髪。
そうじゃないでしょう、馬鹿ゲン。しつけのできた利口な犬なんてお前には似合いやしない。
グラスをちゃぶ台に置いて、ちょいちょいと手で呼びよせる。言われたとおりのこのこやってきた馬鹿の腕を、思いっきり引き倒した。
白黒させている奴の目を、強引に自分へと合わせる。
白も黒も要りはしない。わたしが欲しいのは、蒼、碧、青。

「ねぇ、ゲン。わたし寒いのだけれど。」

にっ、こり。善か悪かと問われれば間違いなく悪党な笑顔。
そんな笑顔にほんのり頬を染める単細胞は、滑稽を通り越して愛おしい。
酒も雪もカップルも、どこぞの神様の誕生日もどうだっていいけれど。
寒い。冬は寒い。大方どこのどいつも老若男女、考えてることは皆同じ。




この指先に貴方の


(そもそも"除雪しろ"の時点で気付け、ばーか。)

fin.